日本史オンライン講義録

受験勉強はもちろん、日々の学習にも役立つ日本史のオンライン講義です。 

146 恐慌からの脱出・転向の時代

さて,前回の犬養毅内閣の時に高橋是清大蔵大臣が金融緩和策をやって恐慌脱出した話をしましたが,もう少し詳しくやっていきたいと思います。

 

世界恐慌の影響を受けました,ニューヨークウォール街の株式の暴落です。金解禁による不調が原因でしたね。この金解禁の不況は輸出が減少するということもあって,超デフレ不況になります。一般企業も操業短縮休業が相次いで,失業者の増大とそれによる労働争議の結果もありました。こんな状況下,一番痛手を被ったのは農村でした。農村の副業とでも言える養蚕業は結構な収入があったのですが,ところが生糸の輸出先であるアメリ世界恐慌で痛手を被っていましたから,生糸の輸出が激減します。ですから,生糸の原料である養蚕業や製糸業に大きな打撃を与え,幕末以来調子良かった産業が潰えてしまうわけです。

 

また,金解禁・世界恐慌・昭和恐慌のさなかで,農業恐慌の様相を呈したのです。小作争議も激増するんですが,1930年「豊作飢饉」といって,米がいっぱい取れちゃったんですね。米がいっぱい取れるということは米価が安くなるんですよね。だから,あんまり農家の収入がなかったんです。ところが,打って変わって翌年には大凶作になっちゃった。前年度はお金の収入がない,今年度は大凶作で米そのものがとれない…。特に東北地方の子供達はご飯を食べれず欠食児童そして娘の身売りまでもが行われてしまいました。そう,借金の肩代わりとして娘さんが風俗店取られてしまう,そんなことが起こってしまい,大きな社会問題になったのです。

 

考えてみれば日本は,長い長い恐慌にあったわけですね。戦後恐慌→震災恐慌→金融恐慌→昭和恐慌っていうのが起きるわけですね。こういった恐慌が連続してきてようやくここで脱出の目処がつくわけですね。それは何かと言うと金輸出再禁止です。

 

恐慌からの脱出

金輸出再禁止ってのは,金の保有量と紙幣の発行を結びつけていた金本位制をやめるということです。金と紙幣の関係を断ち切って,ジャブジャブお金を印刷して国中にバラまくことで,大幅な金融緩和を行いました。そうすれば,苦しい銀行,苦しい企業,苦しい国民にお金が行き渡りやすくなりますよね。でも,そこでお金の価値について着目をしてみるとどうでしょう。ジャブジャブとお金を印刷してたくさん国中にばらまけば,お金の価値はあがりますか?下がりますか?そう!下がりますよねぇ。また,ちょっとだけバラまけばお金の価値もちょっとだけ下がりますよね。っていうことで,お金の発行量を管理することによってお金の価値を管理する制度おのことを管理通貨制度っていうんです。でも,管理通貨制度を導入したことによって円の為替相場が下落します。つまり,円の交換比率が下落するってことです。というのも,今までは金と結び付けられていたときは,100円が49.845ドルで交換できていました。しかし,日本円をばらまいたことってことは,日本円の発行量が増えたってことになるから,日本円の価値が下がってしまい,20ドルくらいまで日本のモノが安くなったように見えるわけですよね。そうすると,円の為替相場が下落ってなると,49.845ドルのTシャツが20ドルにまで安くなっちゃいます。まぁある日突然6割引になったようなもんだから,これはバカ売れしますよね。でもこの状態,外国からはどうみえるのでしょうか?「これはソーシャルダンピングだ!日本だけがこういうTシャルばかり作ってんじゃねぇよ。しかも国をあげていきなり6割引のTシャツとか,あまりにもズルいじゃないか!」ってことで批判を受けます。ただ,これがきっかけで恐慌からは脱出することに成功しました。

 

さらに,国は税金を徴収するだけではなく,国民から借金をする(国債発行)ことによって運転資金を増やそうとしていきました。だから,国は道路工事とか鉄道敷設とか船を購入したりなど,税金だけでなく借金をもいろんな方面に回していくようになるので,それによって潤う人がまた増えるわけですね。そして,ソーシャルダンピングで安売りしている状態なので,輸出すればモノが売れるわけだから,生活水準は世界恐慌前にまで戻ったのでした。とくに伸びたのが重化学工業でした。

 

再び日本は景気が良くなったんですが,実はこんな状態になっているのです。それは,浜口内閣の時に昭和恐慌の中,この産業については保護していきたいってことで重要産業統制法(1931年)を制定しました。カルテル結成を助長しまして,企業協定を結びながら肩を寄せ合って,支えあって,何とかしのぎなさい!というような法律を作ったんです。

有利な業界を作って保護を与えておいて,そのまま恐慌から脱出すれば,保護をうけた業界だけがさらに成長をしますね。そんな中,日本製鐵会社というまあ国策会社が作られ,日本で使う鉄は日本で作るっていうことで,鋼材の国内自給を達成していくということになるわけです。ただあくまでも鋼材であって鉄鉱石そのものは輸入に頼っているのでありますが。そして,浜口内閣によって保護されていた業界だけがガーンって伸びていくわけですので,この地域にできた財閥のことを新興財閥とっていいます。

日産コンツェルン鮎川義介):日産自動車日立製作所

日窒コンツェルン野口遵):日本窒素肥料

理研コンツェルン

このように組織をつくって,組織で経済を立て直しましょう!ということで,農村も農山漁村経済厚生運動が行われ農村も救済されました。

 

さて,このようにみていくと,恐慌を脱出して日本はしばらく景気のいい時代が続いていきます。そうすると,経済が上向いていると,国民としては国のやっていることは良いことなんだ!って思うわけですね。だって,手元のお金がどんどんどんどん増えている時に「国は何やってんだよ!」とは言わないですよね。たとえ,それが間違った手段,たとえば戦争に向かうものであっても,その国の経済が上向いてるから国民にとって「国の言うことに従っていれば間違いはないんだ!」ってみんな思っちゃうんですね 。そうして経済が上向いている間に日本はどんどん戦争の道を歩みつづけ,経済が上向いているからこそ,国民は国をどんどん支持して頑張れ!頑張れ!ってなるんだと思います。しかし,もしこの経済がここで下向きだったら国民は国に対して批判的になり,いわゆる拡大方針っていうのもなかったかもしれないんですが。

 

転向の時代

こうして戦争の道をたどりはじめると,経済は上向いていきます。そして,満州事変などでナショナリズムが高まります。しかし,その裏で社会主義者共産主義者はどう考えているかというと,「世の中には豊かな人もいれば,貧しい人もいる。これは平等ではない。だから一度社会をぶっ壊して,新しい世の中を作り出し,貧富の差のない平等の社会を作ろう」と考えているのが社会主義者共産主義者です。なので社会主義者共産主義者たちは,財閥を倒して,あるいはロシア革命のように天皇制をも廃止して平等な正しい世の中を作ろうっていう風に考えていました。しかし,国がうまいことやってくれて,お金回りが良くなると貧しい人もいくばくかのお金を手に入れることができるわけですので,別に今となってはぶっ壊す必要はないんじゃね?国の言うことには従っておこうよ」っていうことで,社会主義共産主義を放棄する国家社会転向の時代が到来します。国家社会主義への転向っていうのは,社会主義とは違って,考え方としてはかなり逆向きでして「国のやり方に従っておけば,国がお金回りを良くしているから,国のやり方には従っておこう」という考え方です。赤松克麿日本国家社会党や,社会大衆党などが今まで「天皇制を廃止して平等な社会を作るんだ!」って言っていた人たちが,「国のやっていることに協力しようよ!どんどん大陸に進出することもOKだし,まあ天皇制もOKだよね!」って言い転向していくことになります。

 

日本共産党なんかは世界中でロシア革命を起こすんだってことでコミンテルンの日本支部としてできたわけです。要するに,革命のためにできたような政党なんですが,その指導者が牢屋に入ってる中で,牢屋の中から転向声明をあげたんですよ。日本共産党党員っていうのは見つかれば牢屋送りになっていたんですが,そこで佐野学や鍋山貞親らが「ロシア革命を捨てて天皇制を守っていこう!」という風に方針転向すれば,「もちろん親分が転向するんなら俺たちも」っていうことで同じ牢屋にいた共産党員らが「おれも!おれも!」ていう風にみんな転向していったという一幕がありました。

 

滝川事件

最後にもう一つ。滝川事件を紹介しておきましょう。滝川幸辰という人物が,休職処分に追い込まれた事件です。なぜそんな処分に追い込まれたかっていうと,彼が①自由主義的刑法学説を唱えていたからなんですね。この人が考えたことは,「法は法である。だから,刑罰も法で定められた刑罰で裁かれるべきなんだ」とする考えです。この考え方はとても当然のように思うんですが,②国家主義的刑法学説というのもあって,それは何かっていうと「確かに法は法で裁かれるべきなんだけれども,国に対して国家転覆とかを計画するものに対しては,それは道義的な責任を負うべきなので,法で定められた以上の重い刑罰に処すべきだよね!」っていう考え方です。滝川さんの考え方は①で,「こういう法の運用をしていたら,国が国民を思いのままに操るため法になっちまうじゃないか!」と批判したんですね。しかし,この時代の風潮としては,たとえば経済が好転したりナショナリズムが高揚したこの時代には,やっぱり国の言うことには従うべきだと思うよ!」っていう声に潰された形になってしまったのでした。

 

今回は全体を通して,経済が好転し,恐慌から脱出し,経済が上向き,そして,調子のいいこの国に従っていくべきだ!といった考え方が広がり,そんなときに弾圧されるものも現れたというお話でした。